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鈴木 信吾(すずき しんご、1944年5月19日 - 1993年7月4日)は日本の画家・版画家。古い銅版画の技法の一つであるスティプル・エングレーヴィングを復活させた。 ==技法== 油絵や木版画、銅版画ではエッチングやメゾチントなどの作品があるが、晩年は銅板に直接点刻を行うスティプル・エングレーヴィングに心血を注いでいた。スティプル・エングレーヴィングを一部に使用している作品、手彩色で補強している作品は、ジュリオ・カンパニョーラやピエール=ジョゼフ・ルドゥーテなど数多くあるが、この技法だけで構成された作品を遺しているのは鈴木信吾が世界初。 スティプル(スティップル)とは点刻のことで、スティプルによるエッチング作品はほかの作家に数多く存在する。エッチングは防食処理を施した銅板の表面を針で削るだけだが、直接銅板を彫らなければならないエングレーヴィングを点刻で行うには、相当の体力と忍耐が必要。 日本の版画史においてメゾチント(マニエール・ノワール)を復元した長谷川潔 、カラーメゾチントの浜口陽三と並び称されて、スティプル・エングレーヴィングの鈴木信吾として評価される。 ==年譜== *1944年(昭和19年)0歳 旧満州国奉天市に生まれる *1963年(昭和38年)19歳 早稲田高等学校卒業 *1965年(昭和40年)21歳 第39回国展入選 *1966年(昭和41年)22歳 立教大学経済学部卒業。サパンヌ美術クラブに所属 *1968年(昭和43年)24歳 東京・シロタ画廊で個展(油絵) *1970年(昭和45年)26歳 日本美術家連盟版画工房にて銅版画の制作 *1971年(昭和46年)27歳 シロタ画廊で個展(銅版画) *1972年(昭和47年)28歳 第40回版画協会賞受賞。第3回版画グランプリ展。第6回現代美術選抜展 *1973年(昭和48年)29歳 渡仏。平賀敬氏の留守宅に3カ月住み、シルクスクリーン、油絵の制作をはじめる *1975年(昭和50年)31歳 ガレリアグラフィカで個展 *1976年(昭和51年)32歳 オスタンド市ヨーロッパ絵画賞展(ベルギー)にて銅メダル受賞 *1977年(昭和52年)33歳 国際ミニアチュール展(アメリカ)木版画が入選 *1978年(昭和53年)34歳 現代版画展。パリ国立図書館(フランス) *1979年(昭和54年)35歳 帰国 *1981年(昭和56年)37歳 国際ミニアチュール展(アメリカ)に出品。ガレリア・グラフィカで個展 *1982年(昭和57年)38歳 第2回韓国国際ミニアチュール展。第1回日動画廊版画ミニヨン展、以後毎年出品 *1983年(昭和58年)39歳 ガレリア・グラフィカで個展。長岡市中央図書館にて版画買上 *1984年(昭和59年)40歳 新潟・羊画廊で個展。第一回版画日動展、以後毎年出品 *1985年(昭和60年)41歳 国際メゾチント・コンペティション(アメリカ)に出品 *1986年(昭和61年)42歳 ガレリア・グラフィカで個展 *1987年(昭和62年)43歳 ビエラ国際版画展招待出品(イタリア) *1988年(昭和63年)44歳 前橋・セントポールギャラリー *1989年(平成1年)45歳 東京銀座・養清堂リフレクションギャラリー「エングレイヴァーたち展」。ブリストル国際ミニアチュール版画展(イギリス) *1990年(平成2年)46歳 ミヤコ版画賞展で、ミヤコ賞受賞。ガレリア・グラフィカで個展 *1991年(平成3年)47歳 横浜・彩林画廊、千葉・銀鈴社、前橋・セントポールギャラリー、名古屋・4 Cats、大阪・都画廊で個展 *1992年(平成4年)48歳 東京・ギャラリーWIZで個展 *1993年(平成5年)49歳 死去 *1994年(平成6年) 名古屋・審美堂で個展 *1995年(平成7年) ガレリア・グラフィカで『全版画作品集』出版記念を兼ねた遺作展を開催 *2004年(平成16年) 東京・ギャラリー日比谷で個展 *2012年(平成24年) 東京・ギャラリー日比谷で個展 *2013年(平成25年) 東京・ギャラリー日比谷で個展。町田市立国際版画美術館「静かな詩情 銅版画の色と光展」 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「鈴木信吾 (画家)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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